
高齢者ドライバーについて
先日,日本テレビの夕方のニュース番組 news every. にて,講習の風景がオンエアされました。
今回は,最近ニュースで話題になることの多い,高齢者の事故の対策について考えたいと思います。
日本の16歳以上人口は令和4年末時点で 約1億1千万人,そのうち免許保有者数は 約8千2百万人で,約75%が免許を保有しています。

そのうち60歳以上の免許保有率は,全体の32%を占めています。

20年前までは団塊世代の方々が働き盛り真っ只中で,高齢者ドライバーの割合はここまで多くありませんでした。現在は免許保有者の約3分の1が高齢者という時代です。さらにあと10年,20年と経つと,ますます平均年齢が上がり,高齢ドライバーの比率も上がるでしょう。
近年,高齢者の事故が増えているのは,高齢ドライバーの割合が増えたからと考えられます。高齢になれば特徴的な行動も現れ,それは事故に直結します。
今回は高齢者の運転行動について考えます。
目次
1 高齢ドライバーの運転行動の特徴と対策
(1)一時停止場所での一時停止
以前のコラムで「運転者の9割が一時停止場所で正しく停止できていない」ことについて紹介しました(C.D.Lab事業部調べ)。
特に高齢者の場合,長年の運転の癖から停止場所で止まらない習慣が身についてしまっていることが多くあります。結果,ふとした時に標識を見落として優先道路に勢いよく出てしまい,歩行者や自動車などと危険な状態になってしまいます。
一時停止場所では,一度止まった後が危険なゾーンです。道路が見えるところまではゆっくりと出ていき,あせらずゆっくり右左折しましょう。
(2)安全確認(目視の角度不足)
多くの高齢者の方は,安全確認をサイドミラーだけに頼っている傾向にあります。
下図のように,ミラーは横後方を確認できますが,横にいる自転車などは映りません。
左折するときは,左後ろ窓まで首を向けて確認しましょう。特に自転車は移動速度が速いため,死角に入りやすいです。ハンドルを動かす前に,直接目で見ることが大切です。

(3)優先判断がしづらくなる
他車・他者との優先関係は,運転行動の最初の入力にあたります。この優先関係を適切に判断をすることも,安全運転行動の一つに挙げられます。
- 交差道路の優先関係
- 交差する交通との優先関係
- 対向車との優先関係
優先順位の判断を間違ってしまうと事故につながりやすくなります。
特に交差道路との優先関係の判断のミスが多く見られます。(1)節の延長になりますが,信号のない交差点にて「止まれ」標識の見落とし・失念によるものです。
交差点に入る前に,走行道路の優先関係をしっかり判断して,優先度に合った運転行動をしましょう。
(4)危険予測に時間がかかったり,予測力が低下したりする
高齢になるにつれ,以下の傾向が強くなっていきます。
- 注意(視線)をコントロールする機能がかたよる
- 同時に複数の事象に注意・対処するような複雑な処理がうまく行えなくなる
人は様々な視覚情報を総合的に判断して,注意する(見る)対象を決めたり外したりして,行動を決めます。注意がかたよることで,危険なものを探すというより見たいものを見るようになってしまうと,見落としにつながります。
また,人間の注意力は,同時に多くの事象を処理しようとするとパフォーマンスが極端に低下するという特徴があります。
通常の生活では,見返したり考えたりする時間の余裕があるでしょう。しかし,運転の場合は,時間的制約の大きい特殊な環境下にあると言えます。自身が動いているため,発見から行動まで数秒〜数十秒のうちに行動を決めなくてはいけません。
加えて,注意の対象は次々に連続して発生します。いくつもの事象を並行して処理していく必要があります。高齢になるにつれ,このような複雑な処理が難しくなっていくのです。
「相手が急に出てきた」「前の車が急に止まった」
他者が「急に◯◯した」と感じるようになったら要注意です。他者の行動を責めるより,ヒヤッとする前の自身の行動を変える必要があります。
高齢になることで,予測力が低下しているかもしれません。「いつもこうである」といった固定観念からの脱却がカギを握っています。危険なシチュエーションは,危険予測訓練のテキストなどで場面学習できます。
2 身体的な変化
交通安全総合力という考え方があります。個人の交通安全に対する能力は,「安全意識」と「知覚・運動機能」を総合することで成り立っていると捉えられます。

年を重ねることで,立場の変化や様々な経験により,「安全意識」は生涯にわたって上昇していきます。
しかし,「知覚・運動機能」は青年期を境に衰えていきます。
交通安全総合力は成人期を過ぎたあたりがピークになるとされています。「安全意識」だけがあっても,安全は成り立ちません。交通安全総合力は,「安全意識」「知覚・運動機能」の2要素があってはじめて維持できるのです。
高齢になるにつれ,以下のような身体的な変化が生じることに注意しましょう。
(1)運動神経が鈍くなる
思ったとおりに身体を動かすのが難しくなっていきます。
(2)反応速度が遅くなる
目に入ってきた情報を処理する速度,考えて動くまでの判断速度がそれぞれ遅くなっていきます。
判断の遅れが行動の遅れにつながり,ブレーキが強めになる傾向にあります。
(3)目の機能が低下する
視力の低下は,運転の操作に直接影響しています。
老化によって,動体視力が低下したり視野が狭くなったりすると,動くものの発見が遅くなってしまいます。
発見が遅れると状況判断の時機が遅れるため,結果的にブレーキが強くなったりハンドルをたくさん切ったりしてしまい,運転が荒くなります。急ブレーキの増加など運転が荒くなったと感じたら,それは老化のサインかもしれません。
3 目の病気
目の機能が低下するだけでなく,老化が原因となる目の病気にも注意が必要です。
運転しているときに得られる情報のうち,90%以上は目からの情報であると言われています。
仮に運転がどんなにうまかったとしても,最初の情報の入力を見逃してしまうと,事故につながってしまいます。
そのため,目の病気は運転に直接影響します。年齢が上がるとともに発症率も上がるのが目の病気です。
薬で症状の進行を抑えることができますので,正常に見えていると感じていても,定期的に目の健康診断を行うことを推奨いたします。
今回は特に,白内障と緑内障についてお伝えします。
(1)白内障
人の目においてレンズの役割を果たすのが水晶体です。水晶体は通常透明で光をよく通します。
その水晶体が濁ることで,光の乱反射が起きたりして視力が低下する病気が白内障です。
主な症状(白内障の症状には個人差があります)
① 視力低下
② 羞明(しゅうめい)
③ 近視化
夜の運転で対向車のライトが以前より眩しく感じられる場合,白内障の羞明が原因の可能性があります。
白内障の有病率は年齢とともに増加します。白内障の有病率を調べた研究では,初期の症状を含めた有病率は,50代で37~54%,60代で66~83%,70代で84~97%,80歳以上では100%という結果が出たそうです。
白内障を早期発見できると,点眼薬で症状の進行を遅らせることができます。
(2)緑内障
緑内障は,眼圧が異常に高くなることで視神経が傷つくことで起こる病気です。
主な症状
① 視野が欠けたり,狭くなったりする
② 視力の低下
病気の進行は非常にゆっくりですが,治療が遅れると失明に至ることがあります。
運転において周辺視野が欠けていると,動くものを捉える力がなくなり,さまざまなものに気づきづらく,危険になります。
2023年8月の交通心理学会にて,日本緑内障学会の会長をされている岩瀬先生から貴重なお話を聞くことができました。
40歳以上の人は,20人に1人は緑内障を発症していると言われています。
しかし,緑内障の症状は自覚するのが困難で,早期発見は難しいです。視野の一部が欠損した場合でも,両眼で見ることで,正常な目で見た情報を脳が上手く処理し,視野の欠損部分を補填してしまうのです。
見え方の例を挙げると,このようなイメージです。

【 左目で見た風景(欠けがある)】

【 右目で見た風景(正常) 】

【 両目でみた風景(欠けが補填されて見える) 】
自覚症状がないため,眼科で発見したときにはすでに進行していることが多いそうです。また,自覚症状がなく不便を感じないことで,治療を止めてしまう方が多いことも問題と言われています。
緑内障は,一度失った視野は戻せませんが,治療によって進行を止めることはできます。
40歳を超えたら,定期的な目のチェックが必要かと思います。
岩瀬さんは免許の更新に緑内障の検査を入れた方が良いとも仰っていました。
4 安全運転を維持するためには自分を知ること
多くの方は,免許取得後に自己流で運転を学んでいらっしゃるでしょう。特に仕事が運転に直結しない方は,自分の運転を見てもらう機会はなかったものと思います。中には自分の運転が正しく行われているのかわからないまま運転されている方も多いのではないでしょうか。
加えて,運転において加齢による自分の変化に気づくことはなかなかできません。
年を重ねられた方こそ,ご自身の運転を客観的な目で判断する必要があるかと思います。
運転に関わる企業では,多くの人が定期的に安全運転に対する教育を受けています。運転技術に加え,自分の性格などを客観的に見ることまで教育されています。
一般の方が自分の運転を客観的に見る手段の一つとして,安全性テストや適性診断が挙げられます。
教習所で受けることができる,マークシート方式の検査です。運転の適性を総合的に判断し,運転中の性格を客観的に分析するのに役立ちます。
Enrich Driving でも電脳社が提供するOD式安全運転性テストを受けることができます。
自動車運送事業の勤務者に義務付けられているもので,一般の方も受けることができます。運転中の性格に加えて,動体視力や周辺視野など視覚機能の確認もできます。
これらのテスト・診断は,客観的な診断結果に加えて,安全運転に役立つアドバイスも得られます。また,定期的に受けることで,ご自身の変化に気づくきっかけができると思います。
自分に合った方法を見つけていただき,自身の運転を見つめ直すことを始めてはいかがでしょうか。
5 高齢ドライバーへのメッセージ
運転における危険は安全に変えられます。
しかし,ドライバーが安全運転を担保するためには,免許更新の教育だけでは難しいものです。安全運転に関する知識は,運転者自ら進んで学びに行かないと得られません。
高齢ドライバーの方には,今後の人生における運転の位置付けを改めて考えていただきたいです。どうしても若かった頃と同じようには運転できなくなります。
今回テレビでご紹介いただいたように,免許更新,特に高齢者講習の際に,教習所指導員に客観的に運転を判断してもらったり,運転指導の資格を持った人に講習を依頼したりする必要があります。
「まさか自分が……」ということにならないために,自分自身の運転に向き合っていただきたいです。方法によってはお金がかかりますが,運転スタイルのメンテナンスにお金をかけることも含めての運転ライフです。
「自分は自分,他人は他人」です。しっかりと法律を守れることを自信に変えて,今後の運転ライフを安全で楽しいものにしてください。

Enrich Driving ではシニア講習も行っています。視覚機能・身体機能の変化に合わせた安全運転を一緒に見つけることができます。また,高齢者講習の対策も行っています。
定期的な受講もおすすめしておりますので,ぜひご検討ください。